雑読家のしおり

本を読んでいる間だけは、無心で自分と向き合える時間。”読みたいを届けたい”をモットーに今日が少しだけ良いものになる、そんな言葉をお届けします。

【書評・感想】「グラスホッパー」――人としじみのどちらが偉いか知っているか?

「グラスホッパー」KADOKAWA

伊坂幸太郎/著 

 

 

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はじめに

伊坂幸太郎の殺し屋シリーズ一作目です。

 

最近KindleUnlimitedに追加されたので、 4度目か5度目の読み返し。

 

主人公の鈴木は伊坂作品の中で最も没個性的なキャラクターだと思っているのですが、

周りが殺し屋だらけのこの作品でも存在感を放っている不思議な人物。

 

何か決断をするわけでもなく、行動を起こすでもなく、ただ成り行きに任せて振り回されている一般人なのに、いつの間にか感情移入しちゃいます。

 

 

 

著者

伊坂幸太郎 

 

小説家。宮城県仙台を舞台にした作品が多い。

 

ある作品の登場人物が他作品にも登場する通称「伊坂ワールド」を展開することで有名です。

 

 

概要

鈴木――やるしかないじゃない。

蝉――おまえは俺の人形だ。

鯨――対決ですよ。

 

 

一般人の鈴木は妻の仇を打つために極悪非道な組織<令嬢>の社員となり復讐を企む。

 

ついに、仇である寺原に接触する機会を得るが、寺原は鈴木の目の前で何者かに背中を押され、車に跳ねられ即死する。

 

復讐が横取りされた鈴木は訳も分からず、犯人の後を追うことになるのだが…。

 

ナイフ使いの「蝉」、自殺屋の「鯨」の二人の殺し屋も過去を清算するために動き出し、物語は複雑に絡み合う。

 

 

鈴木「鈴木姓は多いよ」

蝉「蝉はうるさいんだよ」

鯨「鯨が小さいと思ったのか」

 

 

 

印象的なフレーズ

 人もこうやって、呼吸しているのが泡や煙で見て取れればもう少し、生きている実感があるんじゃねえかな

 

しじみの砂抜き中、しじみが泡を吐き出す姿をみた蝉の言葉。

 

蝉は人殺しを生業としているだけあって、道徳観が欠如しており、人殺しに罪悪感を全く持っていない。

 

一方で、「殺して食って生きている」という当然の摂理を、誰もが忘れてしまっている不自然な社会に違和感を覚えている。

 

呼吸が目に見えればきっと暴力も振るいにくいだろう。

 

蝉がパートナーの岩西に「人としじみのどちらが偉いか知っているか」と問いかけるシーンも印象的だ。

 

伊坂作品の名言を調べると一番上に出てくるくらいには有名なフレーズかと思う。

 

本書では、食材が生命力の象徴として描かれるような描写がでてくる。

 

しじみが「生」を連想させるのに対して、チーズが自然なものはやがて腐るという「死」を連想させるものとして描かれているのも面白い。

 

 

 

鈴木は、口のガムテープが剥がされないことに気づき、ぞっとした

 

鈴木が拉致され拷問されるシーン。

 

「痛い思いをしたくなければさっさと吐け」ではなく、「今から拷問をする」という事実をただ突きつけられる。

 

喋ることはできないので、鈴木は命乞いをすることもできなければ、泣き叫ぶことすら許されない。

 

白状して拷問を中断するという選択肢は鈴木にはなくなり、主導権が拷問者側に掌握されている。

 

これほど恐怖心を煽られる拷問の描写が他にあるだろうか。

 

「鈴木は、」の「、」がまた憎い。

 

この読点のせいで、この一文をねっとりと読まされることになります。

 

他にも「、」や「。」の使い方にクセのある箇所が多いのが、本書の特徴でもあります。

 

少し句読点を意識して読んでみると面白いと思います。

 

 

 

おわりに

文庫本の解説では人を「殺す」のではなく、「破壊」する対象として描いていると評されているほど、鮮明に破壊する描写がされている作品です。

 

残酷な描写が多いので、苦手な方にはあまりおすすめしません。

 

ただ、殺しのシーンは非常に客観的に描写されていて、痛みに悶えるような描写はされていないので、それほどグロテスクというわけでもないと思います。 

 

本書にはまった方は、同じく殺し屋シリーズの「マリアビートル」、「AX」、「首折り男のための協奏曲」、マンガ「Walts」も要チェックです。

 

この作品は映画化もされてます。(AmazonPrimeの評価めっちゃ低かったけど…)

 

是非ご一読ください♪

 

 

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